迷子の賢者は遠きナザリックを思う

第8話

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<美味しいって言ったよね? 解せぬ>



 「お姉さん、皆さんは何を食べているんですか?」

 私が冒険者さんたちがうまいうまいと言ってローストタイガーを食べているのを見て気分を良くしていると、先程助けた小さな女の子、確かメイドさんはエリーナちゃんって呼んでたっけ? その少女が二人のメイドさんを連れてやってきた。
 どうやらみんなが何かをおいしそうに食べているのを見て、気になってこちらに来たみたいだね。

 「ああ、私が作った料理ですよ。美味しいのか疑わしいと言われたので、ならば食べて見れば解るでしょって思って作ってみたんだけど、この様子からすると、みんな気に入ってくれたみたいだね」

 「へぇ、そうなんですか」

 私が大きな胸を反らせながら自慢げに語ると、その様子を見たエリーナちゃんはその料理にちょっと興味が湧いたみたいに食べている人たちを見わたした。
そして何かを言い出そうとしたんだけど、その瞬間何かに気が付いたような顔をして居住まいを正した。

 あれ? なんか雰囲気変わったぞ。

 「そう言えばまだ自己紹介をしていませんでしたね。アルバーン侯爵家の三女、エリーナ・ド・アルバーンです。……あのぉお姉さん、もしよかったら私も少し頂いてもいいですか?」

 そう貴族の娘としてしっかりと時間を掛けて仕込まれたのがよく解る綺麗なカーテシーと共に自己紹介をした後、エリーナちゃんは本来の姿なのであろう子供らしい姿で私に小首をかしげながら聞いてきた。
 なに? この可愛い生き物は? お持ち帰りしたくなるくらいなんだけど。

 しかし、身分の高そうな子だなぁとは思っていたけど侯爵の子供なのかぁ。
 確か侯爵ってかなり偉かったよね? 詳しくは知らないけど。

 まぁだからといって私は態度を変える気はまったくない。
 この国の人間ではないからね。
 と言うか、今の私は人間ですらないか。

 それでも小さな女の子が可愛らしく名乗ってくれたのに、私は知らん振りって訳には行かないよねぇ。

 「此方こそ挨拶してなかったわね。ナザリックの料理番にして大賢者(ハイ・セイジ)のフレイア・エレメンタルよ。これが気になるのね? どうぞどうぞ、冒険者さんたちに振舞う為にいっぱい作ったから大丈夫よ。メイドさんたちも、もしよかったら」

 「わぁい。ありがとうございます」

 両手を挙げて喜ぶ少女に私はほっこりする。
 でも、むさい冒険者たちと違って、この育ちのよさそうな子に地べたに敷いたものの上で食べさせるわけには行かないわよね。
 と言う訳で、

 「ちょっと待っててね」

 そう言うと、私はアイテムボックスの中からテーブルと椅子を取り出し、その上にテーブルクロスをかける。
 続けてハンカチより少し大きめの赤いクロスを敷き、その横にナプキンとカトラリーを並べた。
 そして水の入ったグラスを置いてテーブルセッティングは完成。

 「それではお嬢様、テーブルについてください。今から切り分けますから」

 そう言ってメイドさんがエリーナちゃんをテーブルにつかせている間に小さなテーブルをアイテムボックスから出してその上にロ−ストタイガーを乗せ、切り分けていく。
 それを皿に載せ、横に一緒に焼いた玉ねぎのスライスをトッピングしてソースをかけて完成、しっかりとしたテーブルセッティングをしておいてこの一品だけではちょっと寂しいので、予め作ってアイテムボックスに入れてあったコーンスープとロールパン、後サラダをそれぞれ皿に盛りつけ、その皿たちをエリーナちゃんの前に置いてから恭しく一礼する。

 「赤身肉のローストです。どうぞ」

 「はい、いただきま〜す!」

 そう言うと、エリーナちゃんはナイフを入れて嬉しそうにローストタイガーを一口。

 「ふわぁ〜」

 感嘆の声を上げて、表情がとろけていく。
 うん、おいしいものを食べた時の表情だね、気に入ってもらえたようで本当によかったわ。
 エリーナちゃんはこの味を本当に気に入ってくれたのか、その後も満面の笑みを浮かべながら幸せそうにどんどん食べ進めて行った。

 その姿を横目で見ながらもう一回り大きいテーブルをアイテムボックスから取り出してテーブルセッティング。
 メイドさんたちの分も用意してっと。

 「えっとハウエルさんでしたっけ? あともう一人のメイドさんも。あなた方の分も用意するので此方へ」

 「いえ、私たちは主と一緒に食事など……」

 どうやら使用人が主人と共に食事を取るというのは旅先でも行われないらしい。

 うわぁ、物語でしか見たことがない"設定"が目の前で展開されてるよ。

 そんな事を考えながらハウエルさんたちの事を見ていたら、嬉しそうに肉を頬張っているエリーナちゃんから声がかかった。

 「マリィ、それにパメラも。折角お姉さんが作ってくれたのだから、冷めないうちに食べるのが礼儀だよ」

 おお、うれしい事を言ってくれるねぇ。
 
 「エリーナちゃんもこう言ってる事だし、二人とも遠慮せずに食べちゃってください」

 「それではお言葉に甘えて」

 ハウェルさんはそう言うと、もう一人のメイドさんをともなって私が用意した席に着いた。
 よし、ここからは私のお客さんだからしっかり持て成さねば。

 丁寧にローストタイガーを切り分け、それぞれの前に置く。

 「どうぞお召し上がりください」

 私の言葉に二人はそれぞれナイフで肉を切り別けて一口。

 「まぁ!」

 「これは……」

 ローストタイガーに口をつけたメイドさんたちは驚きの表情を見せた。
 ふふ〜ん、美味しいでしょう。
 低レベルモンスターの肉が鑑定で美味と出る事はそうはないのに、この白トラ君はそれを上回る大変美味だからね。
 侯爵家のお嬢様であるエリーナちゃんならともかく、メイドさんなら食べた事もないほどおいしく感じていると思う。

 しばらく食べ進めた後、本当に美味しかったのであろうハウエルさんが、私に目をキラキラとさせて問い掛けてきた。

 「フレイア様、このような美味しい肉を私は今まで味わった事がありません。これは一体何の肉なのでしょう?」

 「えっ? ああ、さっきあなたの手をかじってた白トラ君だよ。いやぁ、まさかあの程度の強さのモンスターがこんないい肉を落とすなんてビックリだよ。獣人系で言うとオークキング並の肉なんじゃない? これ」

 そこそこ高レベルのモンスターじゃないと大変美味は出ないからねぇ。
 そんなことを考えながら話していたんだけど、なんだろう? 周りの空気がちょっと重くなった気がする。

 そう思ってハウエルさんのほうを見ると……あれ? なんか怒ってる?

 「おっ……」

 「お?」

 「お嬢様になんてものを食べさせるのですか! あなたは!」

 「えぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜!?」

 辺りにハウエルさんの怒号が響き渡り、この後私は正座させられ、小一時間ほど説教を喰らう事となってしまった。
 エリーナちゃんも喜んでくれてたじゃない、ハウエルさんもこんな美味しい肉を食べた事がないって言ってたし。
 解せぬ。



 「ハウエルさん、そろそろ御許しになられてはどうでしょうか? 仮にもエリーナ様の命を救っていただいた方ですし、あなたにとっても瀕死の所を助けられ、腕まで再生していただいた恩人ではないですか」

 「それはそうですが……そうですね。お嬢様に獣人の肉などと言う得体の知れないものを食べさせたのは許しがたいですが、フレイア様がいなければ我々は皆、逆に獣人に食べられていた事でしょうから」

 得体の知れない肉じゃないのに。
 ちゃんと鑑定解析したからこれ以上ないほど信用が置ける肉なんだけど、でもそれを言い出したら折角終わりそうな説教が再開されそうだから黙っておく。

 何はともあれパメラさんの一言で説教から抜け出せたのは僥倖、いい加減足も痛いからすぐさま立ち上がろうとしたんだけど、

 くにっ。

 「あれっ?」

 バタンっ。

 長時間の正座のせいか足にまったく感覚が無く、私は足首を捻るような形でその場で倒れてしまった。

 「くわぁ、足がぁ! 足が痺れている上にまるで捻挫したかのように痛い!」

 いや、実際に捻挫をしているのだからその通りなんだけど、でも痺れて足を触っても感覚がないのに捻挫の痛みがあるという初めての感覚に、私の語彙が追いつかずこんな陳腐な叫びを上げてしまった。

 うう、痛いよぉ。

 とてとてとて。

 捻挫の痛みから足を押さえて悶絶し、その押さえた手で足の痺れを増大させてまた悶絶するという地獄を味わっている私に近寄ってくる小さな影。
 ゴブリンか!? いや、当然違うけどね。

 「お姉さん、大丈夫? マリィ、お姉さんに何をしたの? ダメでしょ、お姉さんには助けてもらった上に美味しいお肉までご馳走してもらったんだから!」

 「あっ、いえ、エリーナ様。私が何かをしたという訳ではなく、フレイア様が急に立ち上がろうとなされて……」

 「言い訳はしちゃダメってお父様も言っていたわ。私、見てたのよ。マリィがずっとお姉さんをいじめてたの」

 「いや、いじめていた訳では……」

 エリーナちゃんの登場でハウェルさん、しどろもどろです。
 実際は叱られていただけでいじめられていた訳じゃないけど、エリーナちゃんからはそう見えてたんだろうね。
 実際私は何も悪くないのに叱られていたんだからいい気味です。

 そんな姿を見ているうちに足の痺れも少し引いて来たので私は冷静さを取り戻し、自分の足に回復魔法をかける。
 すると捻挫の痛みはなくなったんだけど……。

 ビリビリビリッ。

 「アウチッ!」

 いきなりの事に私は飛び上がり、そのまま足を押さえて地面をころげまわる。
 だってやっと引きかけていた足の痺れがいきなり倍増したのよ。
 なぜに!?

 その疑問にはパメラさんが頬に手を当てて、困ったような顔をしながら答えてくれた。

 「あらあら、痺れた足に回復魔法をかけてしまわれたのですね。回復魔法は細胞を活性化させて治癒力を高める魔法ですから、痺れた足にかければ血流が増えて痺れが増してしまいます。てっきり知っているからこそ、あれだけ痛がっているのに回復魔法をかけないのだと思っていましたわ」

 人を呪わば穴二つとはこの事か! (違います)
 神様仏様、いい気味なんて思ってごめんなさい! いい子にするから誰かこの痺れを止めてぇ。

 私はこの後、足の痺れに悶絶して息も絶え絶えになったのだけど、再度回復魔法をかければ徐々にひいて来ている痺れが再燃するからどうする事もできず、約10分もの間地面をのたうちまわる事となったのだった。


後書き、だよなぁ



 なんと言うか、またも予告詐欺です
 今回もオーバーロードキャラが出るところまでたどり着けませんでした。
 なぜ私が書くと無駄に長くなってしまうのだろうか?

 でも次こそは! と言うか、流石に次の話ではアルバーン侯爵家のお屋敷に着くだろうから出るはずです。

 ……出るよなぁ?


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